世界が実験場。

二度目のアメリカ西海岸Longbeachでのサイクルショー出展後も国内のレース参戦(まだまだほのぼのとした感じは続いています)、自らのテスト走行もくり返し、ビゴーレのマウンテンバイクもだいぶ実戦的なものへ仕上がってきます。でも片岡としてはまだまだ改良の余地有りと考えていました。
その頃の片岡の関心は、フレームの設計と素材。机上の考えだけでなく常に現場で試す事が一番という思いの中、とりあえず手に入る材料を使ってフレームを作り、片っ端から試す事となります。 そして、ビゴーレのマウンテンバイクにとって1990年は節目の年となります。この年は、いろいろな素材をあらゆるフィールドにて試し、今後のビゴーレのバイクのあり方を決める大きな経験を数多く積み上げられるのです。

まず、国内レースではまず国内チューブーメーカのタンゲ製チューブ(自転車フレームを構成するパイプのこと)で制作したフレームで走りました。

タンゲ製チューブ

この頃の国内自転車のチューブメーカーは、ヨーロッパの成熟したメーカーが存在するロード市場ではなく、新しい市場であるマウンテンバイクの本場であるアメリカに向けて専用のチューブを供給していました。それでアメリカ向けの材を入手していくつか作りましたが、アメリカ仕様の材ではどうしても重くオーバースペックとなり、日本の環境に適したといえるものを仕立てるにはまだ満足のいくものが出来きれませんでした。

日本の環境に適したといえるものを仕立てるにはまだ満足のいくものが出来きれませんでした

この年、次にチャレンジしたのはなんと富士山ダウンヒル。この時はタンゲと同じく国内チューブメーカー、イシワタのチューブを用いて制作したフレームで挑戦。ただ、この材もどうしても過重量でタンゲのものから革新的に変わるものではありませんでした。
この時代はまだまだアメリカが主流で、軽量なものでは体格の大きな欧米人が乗る事を想定した肉厚を増したチューブしかなく、この重く固い素材は片岡の求めている乗り味を実現するには厳しいものでした。

富士山ダウンヒル

(実はこの富士山ダウンヒルは、落石事故の危険性を指摘され、あえなく途中で中止となってしまいました。)

落石事故の危険性を指摘され、あえなく途中で中止

そして、ついにその日がやってきます。1990年アメリカのコロラド州デュランゴで開かれた第一回マウンテンバイク世界選手権です。この日を境にマウンテンバイク界は本格的なレースの世界へ突入していきます。もちろんビゴーレチームも参戦です。

第一回マウンテンバイク世界選手権

ビゴーレは、3台の異なる素材で作ったフレームを持ち込みます。片岡にとってこの大舞台は自分の作った自転車を試す絶好の機会でした。 持ち込まれたバイクは、それぞれイシワタのチューブ、アメリカのTRUE TEMPER TUBEのチューブ、 コロンバスの異型チューブでつくったものです。 下の写真は、米TRUE TEMPERチューブのもの。

米TRUE TEMPERチューブ

片岡はこのTRUE TEMPERを使ったフレームで参戦です。

TRUE TEMPERを使ったフレームで参戦

こちらは、コロンバスの異型チューブのもの。これには別のライダーが乗ります。

コロンバスの異型チューブ

大会の期間は約一週間程でカテゴリー別に毎日レースが様々な場所で行われていました。

カテゴリー別に毎日レースが様々な場所で行われていました

これは、Jeep Cupでスタート地点での片岡(右奥中央)。

Jeep Cupでスタート地点での片岡

エキシビション競技であったスラロームでの一場面。会場には、Yetiチームを携えて参加したマウンテンバイク申し子のジョン・トマックの姿も。

エキシビション競技であったスラロームでの一場面

その時の彼のバイクはマウンテンバイクのフレームにドロップハンドルを付けての参戦。この当時珍しかったフロントサスペンションは、アメリカ人のみの装備でもありました。(この後サスペンションメーカーのRockshoxとManitouが本格的に供給を始め爆発的に広がっていきます。ちなみにトマック氏はこのレースではManitou製を取付けていますね。)

マウンテンバイクのフレームにドロップハンドルを付けての参戦

こうしてマウンテンバイクの潮流を一番熱いところで自らの肌で感じ取った片岡は、ビゴーレの今後のマウンテンバイクづくりに活かせる大きな収穫を得ました。

まずは、今回自分の持ち込んだバイクはどれも満足のいくものではなかったという事。それは、この年最初から感じていたものを再確認するものでした。

そして、マウンテンバイクは万能の自転車ではなく、それぞれの走り方に応じたものが必要であるという事。 この頃からレースも、より高速性を求めたダウンヒルとロードのような走りが必要なクロスカントリーのものに分かれていくのですが、ダウンヒルとクロスカントリーでは明らかに自転車に求められる性能が異なるのです。

そして片岡はどちらにも参戦すべくそれぞれに特化したバイクづくりを始めるのでした。

(つづく)

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