思いを現実にするために

1990年の第一回マウンテンバイク世界選手権を終え日本に帰ってきた片岡は、そのときの糧を基に早速設計に取りかかります。
世界戦では、剛性を高めるための素材の選択でしたが、それによって操作性が下がってしまい思ったようにコントロール出来ませんでした。また、世界ではサスペンションシステムを始めとするこれまでの自転車にはない装備が生まれ出してきており、自転車そのものに対する考えを考え直さなくてはいけない事を身をもって感じ取りました。 そしてこれを機にビゴーレは、より高速に山を下るダウンヒルを主としたDHモデルと山の中でもロードのような走行性/操作性を実現するクロスカントリーモデルを分けて考える事としました。

1990年の第一回マウンテンバイク世界選手権を終え日本に帰ってきた片岡は、そのときの糧を基に早速設計に取りかかります。

この頃は世界的にも大きな節目でもありました。
先だっての世界戦でMTBの雄ジョン・トマック選手はフロント・サスペンションを装備したマウンテンバイクでしたが、まだフレームはクロモリ(クロムモリブデン鋼)製であったと記憶します。アルミ(ここでのアルミはアルミ合金の事を示す)のものも出始めていたもののまだまだクロモリのものが多く、ダウンヒル的な下りが主体のレースではクロモリの剛性をさらに上げようとチューブ径が太いオーバーサイズのものを使用していていました。しかし、クロモリ製はどうしても重くなってしまうため、高剛性を求めるには限界が来ていました。そしてその事を解決すべくこのジャンルではアルミが台頭してくることとなります。
また、トレッキングのようなコースを主体としたクロスカントリーコースでは、下り系で求められていた剛性よりも軽量化へ進みます。ロードレースから転向してきたトム・リッチーのような選手によってその方向はより推し進められました。(このリッチーはリッチー・ロジックというブランドでクロスカントリー向けの材料を提供する事となります。)

こうして世界的な流れの中、ビゴーレも下り系、クロスカントリー系の両タイプの開発を進めるべしで士気は高まっていたのですが、なんにしても未だその当時は入手できる材料も限られており、すぐに抜本的な解決を図るのは厳しい状況にありました。
ただ、とりあえず出来る事からやってみるのがビゴーレ流。これまでのモデルをベースにいろいろ試してみます。まずは、これまでの問題を再度確認すべくいろいろなシチュエーションでの走行を試みます。下の写真は世界戦後の翌1991年の年明け早々に朽木での雪山ライディングの様子です。

世界戦後の翌1991年の年明け早々に朽木での雪山ライディング

91年頃には国内でもメーカーの冠のついたレースが行われるようになります。
下は信州で行われた丸石イーグルカップへ向かうビゴーレチーム。

丸石イーグルカップへ向かうビゴーレチーム

この頃は世界戦の時のフレームをベースにリッチー・ロジックのフォークを装備して参戦、その性能を確かめます。
下の写真は、レースでの一場面。この頃サスペンションの付いたバイクもだいぶ見受けられるようになりビゴーレでも何台かはサスペンション付きで参戦していますが片岡は国内のレースは、これまで通りのリジッドフォークでの参戦です。片岡曰く、この頃のコースはサスペンションを必要とするようなところはほとんどないので、サスペンションを付ける事によるデメリットを考えると(重量が増し、操作性が低くなる)付ける必然性が無かったとの事。

レースでの一場面

新たな機能よりもフレームの性能を素材と設計で高める事によって解決する事を目論み、そのための情報収集に励みます。この頃の片岡がクロスカントリースタイルで目標としたのは「ロードのような操作性と乗り心地」でした。

ロードのような操作性と乗り心地

そして、ついに待望の材料を入手することとなります。タンゲのマウンテンバイク用軽量チューブ、”プレステージ”。それまでロード向けでの同モデルがあり、マウンテンバイク用も開発されていましたが、国内の流通がほとんどなくなんとか手に入れる事ができたのです。すぐに片岡はこの材を使ってこれまで蓄積していたノウハウを一台にまとめあげていきました。

そして誕生したのが、”スーパー・コンペティション”。
これが、後のBasic FR (ベーシック・エフアール) となっていきます。

スーパー・コンペティション

出来上がると、もちろんすぐに試しに山に入ります。片岡自らが試作車に乗り、その性能を確かめるため、何度も何度も山道を行き来しました。

性能を確かめるため、何度も何度も山道を行き来しました

満を持してその年の秋、カリフォルニア・ビッグベアで開催されるカリフォルニア・カップに参戦します。このビッグベアは、ある程度整った状態で、ヒルクライムとダウンヒルが組合わさったコースで全体的にテクニカルなコースでスピードよりも操作性が重視される内容でした。

カリフォルニア・カップに参戦

そこに片岡は仕様の異なる2台のスーパー・コンペティションを持ち込みます。
一台は、これまでタンゲの標準のプレーステージよりも軽量化されているリッチー・ロジックスペックのチューブで制作し、リジッド(固定)フォークを取付けたもの(下の写真)。

リッチー・ロジックスペックのチューブで制作し、リジッド(固定)フォークを取付けたもの

もう一台は、Rockshoxのフロント・サスペンションを取付け、先のものより剛性のある標準のプレステージで制作したもの(下の写真)でした。(もちろん、設計もそれぞれの特性に合わせて変えてあります。)

Rockshoxのフロント・サスペンションを取付け、先のものより剛性のある標準のプレステージで制作したもの

この時は少人数でテストを兼ねての参戦だったのでレース時の写真は残っておらず、ゴール付近での記念撮影(下の写真)

ゴール付近での記念撮影

レース後もビッグベア周辺のフィールドでのライディング。

ビッグベア周辺のフィールドでのライディング

パンクを修理し、とりあえずエネルギーが尽きるまでその感触を確かめるべく走り回りました。

パンクを修理

こうして走り尽くした後、会場に戻って洗車し、

会場に戻って洗車

再び、夕飯の買出しにスーパー・コンペティションへ跨がり地平線の彼方へ向かって走っていきました。

夕飯の買出し

この濃い3日間のビッグベアでの滞在で二台の異なる仕様のスーパー・コンペティションを乗り尽くし、片岡はこれまでの思いをより強く感じます。
片岡のテストでは、このビッグベアのような広大なフィールドでも、より操作性を求めるのであれば、サスペンションフォークのついたものよりも軽量化され操作性の高いバイクの方がとても乗りやすかったのです。
ちょうどマウンテンバイクの世界では、サスペンションを主とした様々な「装置」が投入されるようになってきていましたが、今回の経験により、片岡の中では自転車に乗る楽しみとは何かという根本に立ち返り、自分の考える設計は新たな装備に頼るのではなく、まずは、自転車のフレームそのものの性能を向上させる事が第一であると心に決めるのでした。

(つづく)

物語の主人公 Basic FRについてはこちら →

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