ロードのような乗り心地を求めて。

 

ロードのようなマウンテンバイク。
様々なフィールドで、様々な素材を試し、ビゴーレのクロスカントリー用マウンテンバイクはよりその方向性が明確になってきました。
素材と同時に設計もこれまでのマウンテンバイクとは異なり、よりロードバイク寄りのものとなっていきます。いくつかそのポイントを挙げると、

・ショートホイールベース化(ホイールの間隔を詰めて操作性の向上)
・ハンドルも直進安定性よりもクイック(操作しやすい)になるように
・ペダリングをしやすいようにロード的なサドル位置に変更(一般的にはペダルの回しやすさよりも地面への足付きを考慮される。)

等々、その乗り心地はまさに山の中でのロードバイクを目指して考えられました。実際、他の同タイプのマウンテンバイクに比べてより前に進むので、ライダーにとっては「(同じ力で踏んでも前への進み方が違うから)得した気分」だったようです。

1992年には、そんな体験が実戦で感じられるようになってきました。

まずは、伊吹山で行われたパナソニックカップ。サスペンション付きのバイクも増えてきましたが、ここでももちろんサスペンションなど付けずにリジッドフォークでの挑戦です。

 

伊吹山で行われたパナソニックカップ

 

 

伊吹山のコースはアメリカのそれに比べて極めてシンプルだったため、リジッドのものでも十分に戦えました。片岡がしたのは、装備に目をくらまされる事無くただコースレイアウトに合わせて適した道具を選ぶという当たり前のことでした。
その選択は的中し、最後の上りではばててもたついている選手を後ろからごぼう抜きでした。(ただ、ゴール前でパンクし残念ながらリタイヤ。。)下はそのゴール前の写真。最後に踏ん張れる気持ち良さが思わず表情に出ています。

 

最後に踏ん張れる気持ち良さが思わず表情に出ています

 

 

この”ロードのような”マウンテンバイクにライダーの1人は、ドロップハンドルを取付けて正にロードのようなスタイルで参戦していました。

 

ロードのようなスタイルで参戦

 

 

そしてさらにアップグレードさせたスーパー・コンペティションを携え再びビッグベアでのカリフォルニア・カップに参戦。

 

スーパー・コンペティション

 

 

今回は、延々と続く下りコースでしたので、フロントサスペンション仕様を持ち込み、サスペンションとの整合性を確かめました。

 

サスペンションとの整合性を確かめました

 

 

こうして、様々な条件、様々な乗り方を通じて、ほぼクロモリ製のクロスカントリースタイルの形は完成しました。

そしてこのバイクをつくるにあたって片岡は平行して進めていることがありました。それは、すこしでも多くの人にこの自転車を通じて山を走る楽しみを知ってもらうためにと考えていたこと。
まだ、そのときはこの究極に楽しく山を走るための自転車は、全て片岡自身がつくっており、片岡と一部のライダーのためにしか供給出来ていませんでした。
この楽しみを限られた人だけではなく、より多くの人にたのしんでもらえるような「ベーシック」なものにすることです。
そのためにこれまでのノウハウを設計や制作法に落とし込み、標準化して、他ででもつくれるようにすることを同時に進めていたのです。/p>

そしてビゴーレのクロスカントリーモデルを標準化を目論み、92年に最終の理想型をつくりました。正にベーシック・エフアールの原盤となる一台。
これは、様々なコースでの走行を想定し、フロントサスペンションも取付けられるモデルとしました。

 

ビゴーレのクロスカントリーモデルを標準化を目論み、92年に最終の理想型をつくりました

 

 

フレームの基本的なバランスはもちろんのこと、ワイヤの取り回しも考慮します。ただ、全ての小物は溶接にて取付けるため、それによってフレーム本体に影響を及ばさないよう、フレームの肉厚があり応力のかかりにくいところを選んで溶接取付します。(下写真)

 

フレームの肉厚があり応力のかかりにくいところを選んで溶接取付します

 

 

↓シートチューブ周りのワイヤの取り回し。シートピンは、ロードバイクっぽく埋め込みに。

 

シートピンは、ロードバイクっぽく埋め込みに

 

 

フレーム底部には、水抜きの穴も。

 

フレーム底部には、水抜きの穴も

 

 

細やか部分まで意識した原版は、次の年の東京サイクルショーに出展されます。
(下写真一番奥がそのモデル。手前はマウンテンバイクと共に当時片岡がのめり込んでいたトライアスロン用モデル。これらは後のクロモリ・レーサーにつながります。)

 

トライアスロン用モデル

 

 

こうして、これをベースに一部制作しやすい形に変更される部分もあったものの、ほぼ片岡の当初思い描いていた、多くの人により良い道具としての”ベーシック”な自転車として「Basic FR」は完成しました。
そのスペックは、原型となったスーパー・コンペティションに劣らず、さらにどのような状況でも走破できるものとして、リジッド/サスペンションどちらのフォークも使えるように再設計した、正にマルチ・パーパス・バイク(多目的自転車)として生まれ変わったのです。
(※Basic FRの「FR」は、当時平行して制作していたダブルサスペンションバイクと区別するため、フロント(Front)/リア(Rear)がリジッドのモデルであることを示すために付けられた)

(発売当初のBasic FR↓)

 

「Basic FR」完成

 

「Basic FR」完成

 

 

92年から販売の始まった(初年度はテスト販売のみ)Basic FRは、クロスカントリーとしての本来の乗り方以外にも、フリーライド、街乗りは元より本格的ツーリングバイクと様々な用途を満たす自転車となり、オーナーのそれぞれの楽しみをサポートをする一台として、常に設計を見直され深化し続け、20年以上経った今でも他の格好のみの自転車とは一線を画した存在となっています。

まわりに流されること無く、自らの探求の中でのじぶんの楽しみをみつけ、そして、それをより精度の高いものへと昇華させたスーパー・コンペティションから、その楽しみをより多くの人に知ってもらうべく開発された道具、Basic FR。
今もなお、ビゴーレでは、多くの人に「自転車に乗るたのしみ」を伝えるベーシックな道具として活躍しています。

一生懸命に考え、つくったからこそ時を経てもビゴーレを訪れる人に自信を持っておすすめ出来る一台です。

Basic FR。
まじめに遊び道具づくりを考えました。
これで、Basic FRのお話はおわりです。いかがでしたでしょうか。

 

この、Basic FRは現在は販売していない車種となりますが、

人気モデルの「山と旅の自転車プラス」への開発の基礎モデルとなり進化を続けています。

 

ぜひ、『山と旅の自転車誕生物語』もご覧ください。